2009年10月07日

砂の器(1974)

松本清張の生誕100年である今年で丁度公開から35年になる、
野村芳太郎監督の代表作のひとつ『砂の器』。
芥川也寸志、そして菅野光亮による、あの圧倒的でドラマチックで、
重厚な説得力に溢れる音楽がなかったら決して成立し得なかった世界。



やはり拭いがたく印象的で、この映画の魅力の大きな核になっているのは、
前半の今西(丹波哲郎)と吉村(森田健作)のコンビによる捜査のスリリングな展開と対をなす、
後半、松本清張いわく「小説じゃ書けない。すごい」といわしめた、
「宿命」のピアノの音色と共に和賀(加藤剛)の脳裏に追想されてゆく、
故郷を追われた父子の放浪の旅が描かれるシーン。

ハンセン病を患った父・本浦千代吉(加藤嘉)とその息子・秀夫は、
いよいよ立ち去る我が家へ、村の方へ、言葉にしがたい感情で眼差しを向ける。
背負子の帯を握りしめ、俯きがちに歩む二人を包む四季の景色は、
非情なくらい鮮やかで美しく映し出されている…川の畔で砂の器を熱心に作る秀夫。

訪ねる家々の玄関先で父の病を悟られると、戸は容赦なく閉ざされる。
道を歩けば子供らにからかわれ、石を投げつけられる。
そのような日々においても、彼らに不幸ばかりが続いたわけではなく、
ともかくどうにかして手にした米で拵えた粥を分け合いもし、
そして二人が旅の末に辿り着いた亀嵩村で手を差し伸べたのが、
村で巡査をしていた三木謙一(緒形拳)だった。

病院へ送られる千代吉を、交番の入り口で隠れるように見つめる秀夫。
亀嵩駅で汽車を待つ三木と、その傍らに横たわる千代吉のもとへ、
線路から走ってくる人影がある。秀夫だった。
滂沱の涙にくれながら力強く抱き合う父子の姿に、三木も目頭を押さえるのだった。

ある日秀夫は我が子のように育ててくれた三木家を飛び出し、林の陰に身を隠す。
「秀夫ー!秀夫ー!」
必死に自分を呼ぶ三木の声に涙をこぼしつつも彼の元を離れ、
やがて秀夫は和賀英良として生きることになる。
彼の情念の内に、移ろい流れゆく演奏から立ち現れる過去の数々…。
記憶の果てには、「父に会うべきだ」と叱咤する、再会した三木の姿もある。
この「宿命」の演奏の後だったら、和賀は三木を殺しはしなかったかもしれない…。

訪ねてきた今西に息子の写真を見せられ、即座にそれとわかった父は、振り絞るように呻く。
「こんな人…知らん!」
号泣する千代吉…本作屈指の名シーン。
和賀がお腹の子を産みたいと切望する愛人・理恵子(島田陽子)を突き放す場面があった。
「生まれた子供はどうなる。父親がいないんだぞ!」語気を強める彼の心中には、
やはりこの父の姿があったに違いなく、しかし彼を愛する女達のいずれも、
そんな和賀の過去を知るはずもない。
彼は幸せは影でしかないと考えている…果たしてそうなのか?

目にした人が思わず視線を逸らせてしまう何か。
それを背負った人の全身を目や耳にし、鋭敏な感覚にさせる何か。
和賀自身が名声のために封じ込んだ「生まれるもの、生きているもの」と、
おそらく唯一、芯から向き合える場所が「宿命」の音楽だとしたら。
コンサートの舞台裏で曲を耳に、今西は呟く。
「今、和賀は父と会っているんだ」

演奏を終えた放心状態の和賀には、観客や楽団のメンバーの拍手は遠く響き、
和賀はその時、本浦秀夫としての自分も周囲に受け入れられたように感じたのかもしれない。
しばらくして我に返った汗まみれの彼の表情は、満面の穏やかな笑顔だった。

…この先いくらリメイクされたとしても、本作を超えるのは不可能に思います。
ここや『八つ墓村』を入り口に、野村芳太郎ワールドに浸ってみると良いかも。


【参考】砂の器
【参考】松本清張の「砂の器」を歩く(蒲田から羽後亀田まで)
posted by garni at 14:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | 映画/ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
現在、亀嵩駅では手打ち蕎麦が食べられます。
けっこう有名。

お遍路のお父さんの加藤嘉さんがよかったよ。

がるちゃん、腕を上げたな。
Posted by ごまふあざらし at 2009年10月22日 21:43
>>ごまふさん
カメダケ…知らないと読めない…。
観光がてら、蕎麦食べに行きたいですよ。

加藤嘉さんは言葉よりまず目で訴えてくる演技が物凄い。。
いや、あの目がもう台詞のひとつなんだなあ、きっと。
滑舌のぎこちなさも良い方に作用して、
とても叙情的で、それであの切実さになってるんだと思う。
Posted by garni at 2009年10月23日 19:19
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