2006年08月29日

秒の輝き

読売新聞 - [8月23日] 「CM界の鬼才」青春と挫折 故杉山登志の伝記ドラマ 登志は高度成長期、CM業界の先導役として活躍。その研ぎ澄まされた映像美と時代を反映したコピーは、カンヌ国際広告映画祭でも高く評価された。しかし、1973年、「リッチでないのにリッチな世界などわかりません〜夢がないのに夢を売ることなどは……とても 嘘(うそ)をついてもばれるものです」との遺書を残し、37歳で自殺した。小学生のころ、登志の伝記ドラマを見て感銘を受けたという毎日放送の藪内広之プロデューサーは、「自分が創造した作品を他人に届ける仕事の素晴らしさを伝え、CMについて考えてほしい」とドラマ化を企画。昨年11月、登志の仕事のパートナーだった弟でカメラマンの伝命さんを訪ねた。


観ました。まだ余韻が残っています。

合間にはメインスポンサーである、
資生堂のCMが幾度となく流れていた。
女性の肌をアップで強調するというやり方を、
おそらく最初にされたのが杉山さんであったということを
ドラマで観て、改めて今オンエアされているものを
目にすると、なるほど…という感慨のようなものを覚えた。

1979年に放送された杉山さんの伝記ドラマのサブタイトルは
「30秒の狙撃兵」というものだったそうですが(ja.wikipedia.org)
個人的には、「時代」というスナップショットを
的確に切り取る芸術家…という印象を持ちましたが
しかし、同時に普遍性すらも内包しているのに驚いた。

ボーッとテレビを眺めている人間をグイグイと惹きつける。
時々そういう吸引力を持ったCMに接することで、
そこに「いま」をリアルに感じることができるのは
ほんの短い間の出来事ではあるけど、楽しい時間です。

なぜそう思うのか…きっと観る人はその優れた作品から
無意識に製作者の情熱を感じ取っていて
また、その中で既に広告の次元を超えた世界を見せて貰ってもいる、
という事にある種の喜びを与えられているからかもしれない…
そんな風に思いました。


【公式】メッセージ
【参考】ACC会報 杉山登志さんと初めてお会いしたのは、神戸常雄さんとのACC年鑑での鼎談だったから、1967年だと思う。杉山さんは、真っ黒い顔から少し恥ずかしそうにニッと白い歯をのぞかせて「あなたの仕事はみんな見てますよ。油断ならない人だから」と言ってくれた。後年、資生堂にいらした中尾良宣さんが「杉さんが、小田桐さんの年鑑の檄文を読んで、面白い人がいると言ってましたよ」と話してくれた。光栄なことだ。


posted by garni at 03:50 | Comment(2) | TrackBack(0) | 芸能/テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
その昔、彼の役は中村雅俊が演じましたねぇ。
私ら学生の頃はタイポ年鑑に掲載されたり
ACC賞なんかを貰える様な人になりたいわ〜んと思いつつ
勉強しとったです。

今、私の同世代が◯通のぶちょ〜とかやってる。ああ、いやだ。
Posted by kiku at 2006年08月29日 21:42
>きくさん
おお…そうだったんですか!
そういえば流行語も、CMから出てくるの多いですよね。
コピーと映像かあ…本当に深いですねえ。
Posted by garni at 2006年08月29日 23:50
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