2006年10月19日

カジノ王が風穴

excite - ロイター [10月19日17時42分] カジノ王、ピカソの名画に穴を開ける この作品は、1932年にピカソが愛人のマリー・テレーズを描いた肖像画。ウィン氏は、「夢」を別のコレクターに1億3900万ドル(約165億円)で譲渡する契約をまとめたばかりだった。しかし、2週間前、ラスベガスのオフィスでこの作品を友人たちに披露していたときに、指の太さくらいの穴を開けてしまった。


とのこと…いやはや、取り返しのつかないことを…しかし、
かたちあるものは、いずれ壊れてしまうのは仕方ないのか。

あらゆる創造活動はまず何よりも破壊活動である。

そうピカソは生前語っていたというが、
もし生きている間に自らの絵に穴が開けられたとしたら?
しかし、常に時代の先を追い求めていた彼ならば
そんなことはどうでもいい、と言ったかもしれない。

それにしても、

「絵の真ん中に……銀貨ほどの黒い穴が空きました。彼は『ちくしょう、やっちまった。やったのが私でよかったよ』と言いました」

「やったのが私でよかったよ」
(Look what I've done. Thank goodness it was me.)
すぐにこういう言葉が出てくるというのは、まさに大物。


【元記事】Reuters [Wed Oct 18, 2006 12:29 AM BST] U.S. casino magnate gives Picasso's dream the elbow Wynn had just finalised a $139 million sale to another collector of his painting, called "Le Reve" (The Dream), when he poked a finger-sized hole in the artwork while showing it to friends at his Las Vegas office a couple of weeks ago.

【参考1】美術家の言葉 パブロ・ピカソ

【参考2】Wikipedia パブロ・ピカソ 1927年、ピカソは17才のマリー・テレーズ・ワルテルと出会い、密会を始めた。ピカソはオルガと離婚しようとしたが、資産の半分を渡さねばならないことがわかり、中止した。ピカソとオルガの結婚は、1955年にオルガが亡くなるまで続いた。ピカソはマリー・テレーズと密会を続け、1935年に娘〈マイア〉が生まれた。またピカソは1936年から1945年まで、カメラマンで画家のドラ・マールと愛人関係をもった。彼女はピカソ芸術のよき理解者であり、『ゲルニカ』の制作過程を記録した。
by garni at 19:19 | CM(0) | TB(1) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

プロパガンダとレンブラント

excite - ロイター [7月15日17時38分] レンブラント生誕400周年記念でナチ時代の展覧会 ナチスのプロパガンダ担当者は、光と影の使い方と繊細だが力強い表現力によって崇拝されているレンブラントの作品に、自分たちの「血と土」の神話を鼓舞するイメージを見た。それはゲルマン民族の血は土地と深い結びつきがあり、人種的に純粋で優れているという考え方だ。


プロパガンダ(Propaganda)の手法は、
1930年代に台頭したナチス・ドイツによって発展したという。
代表的な例として、映画「意志の勝利」(Wiki)
などが挙げられるが、美術の分野においても
自国礼賛の感情を刺激する絵画を大々的に喧伝する一方(参考)、
バウハウスを引き合いに出し「頽廃芸術」と非難することで
大衆を操作していった。

話は変わって上記のニュースだが

helmet.jpg

こちらの絵を観たヒトラーは、
「これはレンブラントが正しいアーリア系ドイツ人であった証拠だ」
と感嘆したそうである。

彼の作品は、その光と影を強調したタッチをもって
「光の画家」と称されることもあったようで、
そうした画風がナチスのプロパガンダ担当者の目に止まり
彼らの「血と土」の神話を鼓舞するイメージと合致したことで、
占領下にあったオランダにおいて
レンブラントを政治的に利用することになったらしい
しかし実際は、レンブラントがユダヤ人と共に暮らし
彼らを描いた作品も存在していたため、
ナチスの中にも反対の声はあがっていたようだ

結果として、オランダ人にとってレンブラントの絵は
「国家的」なものではなく「国際的」なものであるという
事実は変わることはなく、現在に到っている。
レンブラント生誕400年記念である今年、
オランダでは彼をテーマに様々なイベントが用意されているらしい。

文化や芸術が長い年月を経て淘汰されていく中で
普遍的な評価を受けているものを、
後になって出てきた狂気の連中が思想的に利用しようと
勝手な解釈を与えたとしても、
決してその価値は揺るがなかった、という事実に
深く考えさせられるものがあった。


【元ニュース】Reuters [Fri Jul 14, 2006 8:04am ET] Dutch museum recalls Nazi use of Rembrandt When Nazi propagandists looked at Rembrandt's works -- admired for their striking use of light and shade and subtle, expressive power -- they saw images to fuel their myth of "blood and soil," the idea that those of German blood had a deep bond with their land and a superior, racially-pure character.


【参考1】Wikipedia プロパガンダ 特徴としては、最大多数の支持を獲得するために事実の誇張・歪曲を含むあらゆる手段を行使し、理性よりは感情に訴えることが多く、それらの点で..

【参考2】Wikipedia レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン(Rembrandt Harmenszoon van Rijn, 1606年7月15日-1669年10月4日)は17世紀を代表するオランダの画家。
by garni at 02:32 | CM(0) | TB(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月16日

日本×画展

livedoor - ヨコハマ経済新聞 [7月15日17時36分] 横浜美術館で「日本×画展(にほんガテン!)」 出品作家はしりあがり寿さん、小瀬村真美さん、中上清さん、中村ケンゴさん、藤井雷さん、松井冬子さんの6人で、美術館所蔵の近代「日本画」の中から選んだ作品と自作を関連づけた展示を試みる。藤井さんは、横浜美術館の「子どものアトリエ」で初めて日本画の技法にふれ、この展覧会でデビューする新進作家。


このところ、伊籐若冲の作品がメディアに
よく採りあげられていたりと(TAGBOAT BLOG)
ここ最近、日本画が見直されている向きがあるようだ。
その影響もあってかこの「日本×画展」開催の
ニュースにも無意識に目が行ったりする

個人的には「日本画」というカテゴリに、
あのしりあがり寿氏が入っているのがかなり興味深いです。
ふと、自分は今までどれだけ日本画の展覧会に
足を運んだだろうか…と思い返してみると、
確かに記憶に残っているのが横山大観くらいであることに
ちょいとショックを受けたりもした…うーん

それにしてもこのニュースで初めて知ったんだけど、
松井冬子さんてえらい美人だなあ。
絵の方はもやもやした、おどろおどろしいタッチだが
同時に耽美的で幽玄な位相をも作り出していて、
何とも涼やかであります


【関連サイト】横浜美術館 この展覧会では、江戸時代以前の伝統的な絵画から明治・大正期の「日本画」へと受けつがれていった美意識や主題・技法のうち、現代の「日本画」が捨てさっていったもの、見失ったものに、新たな価値や創作の手がかりを見出し制作にとり組んでいるアーティストを紹介します。出品作家は、しりあがり寿・小瀬村真美・中上清・中村ケンゴ・藤井雷・松井冬子の6名で..

【参考1】Wikipedia しりあがり 寿(しりあがり ことぶき、男性、1958年1月1日 - )は、静岡市葵区出身の漫画家。神戸芸術工科大学メディア表現学科・特任教授。本名は望月寿城(もちづき としき)。妻は漫画家の西家ヒバリ。

【参考2】松井冬子


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by garni at 16:06 | CM(0) | TB(1) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする