2008年03月01日

ねこぢるまんじゅう

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ねこぢるまんじゅう (文春文庫PLUS)
ねこぢる
文芸春秋 2001-08

by G-Tools , 2008/03/01


もう、彼女が死んで今年で10年になるとは。

ねこぢるの漫画は大体、退廃的で渇いていて、
彼岸と此岸を行き来するような、
幻惑的な空間に誘い込まれる作風のものが殆どで、
まさに夢の中にいるような感覚に陥る。
何か不整合なものが、見えるようで見えなくて、
具体的に何に違和感を感じているのかがわからないまま、
段々そんなこともどうでもよくなってくるという…。

読んだ後に沈み込みそうになることもあるし、
あのヘタウマなタッチに救われてなのか、
倦怠感のようなものから浮かび上がれる場合もある。
同じように絵柄とかけ離れたグロシーンがあるにしても、
ネットで以前人気だったHappy Tree Friendsより怪しい。

この「ねこぢるまんじゅう」の持つ愛らしさ、
温もりというのはねこぢる作品にしては異端だと思うけど、
それが逆に自分には衝撃でもあって、
今でも時々手にとってみたくなる漫画になっている。
連載されていたのが小学館だったからという影響もあるのか、
ここには、つるつるうどん的なものは存在してなく、
ねこぢるにしてはサビ抜きという感もあるかもしれない。

それでも「らしさ」はちゃんとあって、
日常の何気ない会話の中でちょいちょい出てくる、
いわば蛇足のような本筋からよそ見した言葉の…、
そのやり取りの混ざり具合が妙にリアルだったりする。

主人公は、しろ太とくろ太という二匹のネコ。
小学校の入学式に行ったものの自分達がネコであり、
人間のようには暮らせないことがわかった(?)二匹は、
育ててくれたじーちゃんの死後、母親を探す旅に出る。

黒「ねーお母さんをさがしに行こーよ」
白「えっお母さん!?」
黒「きっとどこかにお母さんがいるはずだよ」
白「そりゃまーオレ達だって水たまりから
涌いてきたわけじゃないだろーからなー」

二匹はにゃーこよりは幼いが、にゃっ太よりは年長らしい。
しろ太はへそ曲がりで、くろ太は素直である。

白「オレたちゃ猫だぞ
だったらお母さんも猫に決まってんだろ」
黒「あっ そっか!!」
白「やっぱドーブツだからなー…ホットケーキはおろか
言葉もしゃべれないかもしんないぞ」
黒「えー!?」

「ねこぢるまんじゅう」が面白いのは、
他作品と比べてちょっとしたセリフに説得力があったり、
すんなり入ってくる言葉が多いせいもある。

黒「ねーこのお金あげよーよ
この子のお母さんが入院できるよーにさ」
白「あーん?だめだっ」
黒「えーなんだよケチッ
こんなにあっても使い切れないだろー」
白「そーじゃねー…ひとにムヤミにお金をやるのは
いけない事だって言ってんだよ」
黒「ふーん変なの…」

結局この漫画は明確なエンディングもなく、
二匹が毒キノコの幻覚にはまっている様子を、
じーちゃんの幽霊が気にかけている場面で終わる。

どんなに読みたくても、この話の続きは誰にも、
もちろん山野一だけでも描けないものだろうから、
二匹がそれからどうなったか…?というのは、
読んだ人がそれぞれ妄想するしかない。

しろ太の人形

だいぶ前、妹から貰ったしろ太の人形。
くろ太もあったはずだが紛失…うぅ。
座りが安定しないので、どこかに立てかけないといけない。
確か、お菓子のオマケだったかと思う。


【参考】ねこぢる - Wikipedia (ja)
by garni at 14:13 | CM(0) | TB(0) | 漫画/アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月20日

あしたのジョー

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あしたのジョー (1)
高森 朝雄 ちば てつや
コミックス 2003-05-23

by G-Tools , 2008/02/20


昔、愛蔵版全16巻を一冊ずつ親が買ってくれて、
夢中で何度も繰り返し読んでいた。
朝起きたら10巻、学校から帰ったら11巻、という風に…。

最初、少年院のあたりを読んでいた時期には、
部屋にある電灯からぶら下がったひもを、
「内角にえぐり込むように…」とばかりペチペチ、
"あしたのために"パンチに熱を入れていたりもした。

そういえば、その頃通っていた塾の傍のゲーセンに、
「あしたのジョー」のアーケードゲームがあった。
それもストIIなんかと代わりばんこに遊んでいた覚えがある。
なぜか一人目の対戦相手がマンモス西で、
最初だけあってこいつは弱いんだけど、
何しろ三人目の力石がだいぶ強くて勝てなかった。
まあ、あんまり弱かったらイヤだけど…。

そんな風にして、どっぷりとジョーにハマッていた間は、
とにかくウルフ金串〜力石徹〜カーロス・リベラ〜金龍飛といった、
強敵との試合の部分ばかりを特に集中して読んでいた。

それでも例外はあって、終盤のハリマオ〜ホセ・メンドーサ戦を、
意識的にあまり読まないようにしていたのは、
おそらくそれまでの試合と違うニュアンスのもの…、
漂う終わりの気配を避けていたからかもしれない。

要するに、丈には燃え尽きて欲しくなく、
できればずっと燃焼の過程にあり続けて欲しい…、
という気持ちがあったんだと思う。

その割に、今あえて読み返さずに矢吹丈に思いを巡らせてみると、
どうも実際の試合の流れ云々のイメージは曖昧で、
どちらかといえばその周辺に焦点が合っているような感じがする。

例えば、"力石病"から抜けられず、
無理に相手の顔面を殴った直後にリングで嘔吐する丈が、
なぜか見開きに大きく描かれていたことや、
カーロスが帰国するのを遠くで見送る丈のボコボコ顔、
だんだん遠い存在になっていく、
と寂しそうに呟いた紀ちゃんが去った後、
真っ黒い背景の中にぽつんと佇んでいる丈、
減量のためにサウナでボロボロになりつつ、虚ろに笑っている丈、
そして真っ白な灰になった丈の微笑む姿が、
とりとめなくフワフワと現れては消えている。

力石の記憶はというと、初期のガタイの良い時代よりも、
やはり減量中でリンゴを夢中でむさぼっている様子や、
ついに必殺のアッパーで丈からKOを奪った時の、
あの何とも文章にし難い恍惚の表情の方が記憶の前面に出てくる。

こうしてみると、意外にも一見荒唐無稽で、
だけど高揚感に充ち満ちた熱気のうねりという、
おそらくこの作品で一番目立っている部分以上に、
今は少し違うところで惹かれているように思う。

空手バカ一代の最初の方で空手日本一になった大山倍達が、
「真実は孤独なり」と置き手紙を残して去る場面があった。
あしたのジョーについてあれこれ考えてから、
改めてこの言葉を目にした時…う〜ん、
わかりやすく試合に描かれるダイナミズムとは異なる、
「梶原リアリティ」の魅力につかまったような気がしました。


【参考】あしたのジョー - Wikipedia (ja)
by garni at 03:26 | CM(2) | TB(0) | 漫画/アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月05日

寄生獣

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寄生獣―完全版 (6)
岩明 均
講談社 2003-04-23

by G-Tools , 2007/08/05


「寄生獣」は、簡単にレビューを済ませることはできない。
特に後半の展開には、重要なテーマがいくつも出てくるので…

田宮良子(田村玲子)は知能・強さもさることながら、
寄生生物の中では相当異質な存在だった。

人間をまず食料ととらえたのは他のパラサイトと同様だが
殆どの「仲間」が非常に合理的な、
折り合いのみを考えていたであろうことに対して
人間に「純粋な興味としての」強い関心を持ちつつ、
また「愛」に似た感情までも獲得しかけていた彼女。

ミギーは「心に余裕(ヒマ)のあることが人間の最大の取り柄」
と断言するに至ったが、脳に寄生した「仲間」の中ではやはり、
田宮良子が最重要のキャラクターだったのは間違いない。

新一が、ミギーすらハッとさせるような冷徹さを持ったのは…
ミギーの体の30%が彼の心に影響したからなのか?
「既に母ではなくなった母」と殺し合ったという、
この上ない残酷な事実が彼を変えたのか?

田宮良子の死で、新一はその呪縛から解き放たれた。
寄生生物によって負わされた大きな傷が、
別の寄生生物によって癒された、というのはすごく重要です
これは、彼女の考えていた「共生」のひとつだったのでしょうか。

もし、田宮良子がパラサイトを統率する中心的存在だったら…
また別の物語になっていたかもしれません。


【参考】寄生獣 - Wikipedia (ja)
by garni at 15:13 | CM(0) | TB(0) | 漫画/アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする